成功したいひよっこビジネスマンが頑張る話《日々のPDCAを回す》

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車輪の再発明を防ぐサービス

プログラミングについて調べていると「車輪の再発明」という言葉を見つけた。

 

これは、 「広く受け入れられ確立されている技術や解決法を知らずに(または意図的に無視して)、同様のものを再び一から作ること」という意味らしい。

 

身近なところで考えると、

例えば、ゆで卵をきれいに剥く裏技みたいなものって、おそらくものすごく多くの人が見つけようと頑張って、大体が同じような切れ目を入れるとか少し割っておくみたいな結論に達していた。みたいな話っていくらでもあふれているんだろうと思う。

 

仕事上でも、同じような提案資料をそれぞれが作るよりも、誰かが作った資料を多くの人が共有していった方が業務効率が格段に上がるだろう。

 

車輪の再発明を防ぐ方法は一つ、「情報の共有」である。

情報を発信する側と受け取る側、お互いがこの車輪の再発明を防ぐために情報を公開したり、感度高く拾いにいったりするという行為が必要である。

 

おそらく現代において、一から自分が考えなければならないことってそんなに多くないだろうし、多くの情報は共有されている。車輪の再発明を防ぐために情報を取りにいくということも必要である。

 

ただ、この「すでにあるものをもう一度作る」という行為が一概に非効率かといえばそうではない。

いくつか例をあげると、

・開発競争

→スーパーコンピュータの開発など、各国がその技術を競っているが、これらの技術をお互いに公表して全員でより早いものを作った方がいいかと言えば、そうではない気もする。

お互いが他者に負けないように、気取った言い方で言えば、「他者を車輪の再発明にする」ために自らが車輪の発明者となるべく研究をしている。

 

・学生レベルのレポートなど

→学生が調べて、まとめようとすることなどは99%以上すでに誰かが考えたことだったり、すでに定説になっていたりする。若者の大事な時間を車輪の再発明に使うことは悪い事か。そうではないと私は思う。理由は二つ。

数年に一人かもしれないが、今までには無かった論が出てくることもある。例えば、足の臭いを減らすと蚊に刺されづらくなるといった研究が最近ニュースに出ていたが、これは小学生の発見で世界でもあまり研究されていなかったものだ。

もうひとつは、自分で考えるという経験を積めるということ。出てくる結論は調べれば分かることであっても彼らが自ら考えて結論を出すという行為に意味がある。

 

こうしていくつか例をあげてみたが、私は基本的に車輪の再発明」を防ぐべきという考え方である。

多くの優秀な人の貴重な時間と労力を無駄にすることほど社会にとっての大きな損失はない。

より良いものを再発明出来る人はそれだけ優秀だろうし、それだけ多くの時間を使うこととなる。彼らの時間をもっと今までにないようなサービスの開発に使う事ができたらどれほど有意義だろうか。

 

しかし、始めの方に書いたように、車輪の再発明を防ぐためには情報を受け取る側の努力も必要である。彼らが情報の取得をあまり得意としていないのであれば、外部から情報の取得を手助けしなければならない。

 

自分が作りたいもの、作っているもの、書いていることが「車輪の再発明」でないかを瞬時に判断出来るサービスがもっと手軽に汎用的に存在すれば多くの「車輪の再発明」を防ぐ事ができるのではないだろうか。

・・・・こういった論やサービスもすでにあるのかもしれない。

 

その時、彼らの存在を社会の光にもっと照らす舞台も必要だ。

・・・・それもあるかもしれないが。