成功したいひよっこビジネスマンが頑張る話《日々のPDCAを回す》

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紙幣は美しいのか 価値の根源

これまでの記事で、金や光り物がなぜ価値を持ちうるのかという話を書いてきた。

 

自らを投影する対象として保有するため、美しくあることが重要であった

 

と結論づけたが、ここでひとつ考えておかなければならないことがある。

タイトルの通りだが、紙幣は果たして美しいのかということである。

 

つまり、お金は全ての人が求めるものであるが、お金そのものつまり貨幣や通貨は美しいのかという問題である。

もはやここまで書いていて自明のことであるが、結論美しくない。

ダイヤモンドやルビーに比べて、紙幣は全く美しくない。

 

だが、美しくない紙幣はこの社会において宝石すらも差し置いて何よりも求められる存在である。

この、求められる存在という点が何よりも重要である。

 

根源的に求められる存在である光り物や金(きん)とは異なり、お金(おかね)には皆が求めるから求めるという社会的な価値が存在していると言うことがいえる。

 

流行の品にも同じ事が言える。

それまで多くの人に見向きもされなかったモノが、ひとたび流行すれば多くの者が血眼になって求める価値のあるものに変化する。

そして、流行が過ぎればまた誰も気に留めなくなる。

そのモノ自体には全く変化がないにも関わらず、そのものの価値は大きく変化している。

多くの他者が求めるから自分も欲しくなる。

そのものの価値は「みんながほしがっているから」である。

 

人間が社会を形成し、社会の中で生きるときに所属するコミュニティの中で自らの価値や評価を高めるという欲求が存在している。

この価値や評価を高めるためには、皆が求めるものを保有しているということが分かりやすいアピールになるだろう。

私はここにも、自らを投影する余地があるように思う。

つまり、皆が求めるものが自らであると投影することにより、自らが皆に求められているように思う事ができるということができる。

だが却って、紙幣の価値はそれだけであるとは言えないだろうか。

 

みんながお金を欲しがるから自分も欲しいと思う。

 

もしその流行が終われば?

 

お金というのは、現代に流行しているだけとは言えないだろうか。みんなが欲しがる紙だから自分も欲しいと思う。みんなが欲しがっている間はその紙に自らを投影する価値がある。

 

お金(おかね)に金(きん)のような根源的な価値を持たせなくなったときから、お金そのものに自らを投影させることはできなくなった。

 

お金はこの流行が終わったときにその価値が消失する可能性がある。